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すだれ

わたしはいつも部屋の内側にいた

窓にはいつも季節かまわずすだれがかかって風にゆれていた

わたしは木を見つめていた

あの灰茶の幹に ずっとふれたかった


わかっていたこと

わたしたちはあのころの過ちのため

こうしてたった一枚のすだれで

引き離された

すきまから

かすかにみえるあなたのすがた

あんなに愛したあなただったのに

もうわたしたちに幸せはありえない


種を超え時を超え

愛してもいいですか

わたしには

あなただとわかっているのに

自信がない

どうしてわたしだけ

ここにいるのだろう


言葉を交わすこともできない

あなたより先にわたしは逝くのです

わたしからはふれられるかもしれない

だけどあなたから

ふれてもらえることは叶わない


だからわたしは自信がないのです

わたしは人間だから

神様はいまでもわたしたちをお許しにならない


ごめんなさい

うごかないあなたに

語れないあなたに

ふれるのが怖かった

そうこうしているうちに

けっきょくわたしは

この部屋からでることもできなくなった

いまはあなたにふれたい


さみしいおもいをさせて

ごめんね





解説:わたし=イヴ、木=アダム
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戯言


おなごは恋に生きよ
おのこは愛に生きよ


2009/10/23

ひとりきりでさびしくてたまらなくて

家族の言葉もありがたいのに胸に響いてこないとき

いったいだれを頼ればいいのだろう

だれになんて言えばいいのだろう

どうしたら泣きたくならないですむんだろう

ひとりきりで泣いたってなんの意味もない

だからって人前で泣いたって

相手が困るだけだもの


今夜は三日月でした。
三日月、きれいでした。でも三日月って、涙が出ちゃうようなイメージがあります。そのイメージからの詩。

「三日月」

そのおんなのこは

もうおねえさんだとか

女性と言われても

おかしくなかったのだけれど

だけどやはり彼女は

少女のこころのままだった

彼女が見つめる少年は

彼女よりもふたつもみっつも年下だったのだけど

彼女のこころは幼かったから

十分おにいちゃんに見えた

だけど彼女は

自分のことは

よくわかっていたから

彼とは目が合わないように

努力して

透明人間になるように

彼が幸せになることだけを思って

ひとりで凛々しく生きていく道をえらんだ

まわりはみな

おんなのこがあまりに未熟なので

誰かにまもってもらえと

口をそろえたけれど

誰かに迷惑かけるくらいなら

おんなのこは淋しさも我慢したかった

あこがれだけを胸に秘め

泣いてすごしてもいいと思った

おんなのこは

満月がきらいです

太陽が明るいのは

空も明るいから

気にならないけれど

満月は

明るすぎて

哀しくなるのです

細くはかない三日月をみると

胸がすくような気持ちになりました

自分をありのまま

受け入れてもらえるならと

思わないわけではなかったけれど

おんなのこは

三日月をぼんやりと

見つめたのでした



草食系男子…

いつも思うのだけども。

たとえば「KY」っていうことばが生まれ定着することによって、のんびりしてるだとかおっとりしてるだとかそれまでそれぞれの良い個性として受け止められていた人が、「ほらまたあいつは空気読めない」と蔑みの目で見られるようになる。

世の中にほんとの意味で空気読めてる人が一体何人いらっしゃるんですかね。

「ムカつく」ということばが出た当初も、ちょっとしたことも全てムカつくのひとくくりでキレる人間が増えた。
ムカつく、という単語の響きによって、ささいなことにも悪意が憎しみが忌々しさが生まれる。
子供は目付きが大変悪くなる。
最近は五十にも六十にもなったおっちゃんおばちゃんがムカつくなんぞ言い始めた。

草食系やら肉食系やらということばがはやり始めた。

いつも思う。こういった造語に肯定的ニュアンスはおおむねない。

わたしは肉食系男子ということばがどうにも好かない。

なんだか下世話な感じがする。

肉食系よか草食系のほうがまだまし。

草食系男子とか乙男とかは、もともと、女の子の理想の男の子像だったのではないかと思う。

八十年代や七十年代の、りぼんおとめちっくメモリアル世代のマンガを、今のわたしが読んでも、納得もしあこがれる面が多い。

初期のころのくらもちふさこさん、陸奥A子さん、田渕由美子さん、岩館真理子さんらの少女マンガにでてくる男の子というのは、決して女々しくはないし、やはり男らしくてかっこいい。

だけど女の子の波長にとてもよく合っているのだ。

女の子のもつ空気、女の子のもつ世界感を、前提として体でわかっている。無理なく女の子の側にいてくれる。

そこに違和感も不協和音もない。

これは現代の少女漫画誌にも継承されているけれど。

女の子にもそれぞれの好みはあるだろうけれど、たとえば昔自分が好きだった少女漫画に彼が理解を示してくれたり、話があったりしたら、やっぱり楽しくないだろうか。
(ただし男の子はそれでも男らしくあってしかるべき、ということは前提だという人が多いかもしれないけれど)

今乙男というドラマがあっている。主人公飛鳥は、ヒロインりょうと少女マンガやパフェやら乙女ちっくなものへの感動とかときめきとか共有してる。

もしかしたらそんな飛鳥をオタッキーなかんじで好かないという人もいるかもしれないけど。

でも、まるで女の子の友達みたいにおしゃべりできるということは、あなたの彼氏さんに本当の自分の姿をより理解してもらえるということにもつながらないだろうか?

女の子同士でケーキを食べてて、大好きな彼と一緒に食べにきたいなあと思ったことはないだろうか。

繊細な切り絵や影絵の個展があったとき、彼と一緒にきれいだと、同じように感動できたら幸せだろうなあなんて思わないだろうか?

草食系男子って、そんなわがままな女の子を少しでも喜ばせようとして努力した男の子の成れの果てなのだ。

なんともいじらしいではないか((泣))

…なんちゃって。

ほんとうに、ただ好きな女の子を喜ばせたい、ただそんな優しい気持ちから草食系男子になってしまった男の子が果たして何人いるのかな。

もしいたとしたら、ほんとうに、彼らにはすてきな彼女さんができて幸せになってほしいと思う。変な女に捕まんなよ?

ほんとはわたしがその相手になりたいけど、わたしは全然いい人間じゃないから、資格もない。

それはさておき。

男の子というのは、

たいがい、いかにモテるか、そのために、たまたま流行りだした「草食系男子」というイメージにのっかって、物腰柔らかそうに振る舞い清潔感を漂わせているが、

その実彼らは肉食系なんです。

男はみんな肉食です。

それが悪いとは別に言っていません。

わたしは、肉食系だとか草食系だと名前をわざわざつけるのが問題だと言っているのです。

男の人が肉食、それが現実ならそれはそれで結構ではないですか。

漫画のキャラはあくまで二次元です。

つまり、現実の男の子が持っている性質というのは、それ自体が男の子という種族の個性なわけだから、そのままでいいと思うんです。

だって実際にわたしたち女の子はそんなリアルの男の子に惹かれるのだから。

そしてその中でも、彼らにはそれぞれ、どっちかというとおとなしめ、とか、元気がいい、とか、色んな性格を持っている。

パレットの両端には、白と青がある。両色の混ざるバランスで、間には無限の色合いが生まれるんです。一言で言えばそれは水色、ただそれだけのことかもしれない。でも全部色は違う。薄い水色のほうが好きな女の子もいるし、青みが強いほうが好きなひともまたいるでしょう。

水色である男の子たちは、たった草食か肉食かの二択では表せないんです。

なのに世間にはこの二語がはびこった。

男の子たちはそのどちらかになろうとする。

それは反動となる。歪みをうむ。

草食を好む女子に男の子は自分の中にある肉食の部分を出せなくなった。

肉食を好む女子に、男の子は甘えを見せられない。

こんなにも姓犯罪に始まる陰湿な犯罪が多くなってしまってる。

それに女の子もまた、二択にわかれた男の子を射止めるために、自身も肉食と草食の二択に化しつつある。

なんて味気無い世の中だろう。

わたしはことばの豊かさはやはり人生の豊かさも兼ねると思うのだ。



蝋について

伝統的な和蝋燭というものは、櫨(はぜ)という植物から取り出すろうを原料として作るのだそうだ。

現在は、石油製の蝋燭の大量生産におされ、全国でたったの3か所でしかこの和蝋燭は作られていないらしい。

ただでさえ資源の枯渇が叫ばれている昨今なのだし、今の石油製の蝋燭から伝統的な和蝋燭への移行ができないものだろうか…

もちろん、たとえば今まで洗濯機だったのを手洗いに変えるようなものだからなかなかうまくはいかないかもしれないけれど。

もともと電気が普及してほとんど蝋燭は使わないような暮らしなのだから、移行するのはできない話じゃないのでないかと思う。

そのためにはやっぱり、伝統を受け継いでる職人さんたちの生活をサポートする制度があってほしいものだと思ったり…


『瞼閉じ』

ひとつだけ

ほしいもの

わたし

もう一人

わたしがわたしの側に

いてくれたなら

誰よりもわたしを理解してくれるだろう

慰めあえるだろう

どれほど幸せになれてたろう


戯言という名のうた

「底の見えない井戸の壁で」

ひとりきりでいたいから

そうぼくは最初から

言ってるよね

ちゃんといつも

言ってたよね?

なのに勝手に掻き回すんだ

そうしてあげく

人はぼくが傷つけると言う

ぼくに傷つけられていると言う

多数決の世界だから

ぼくは間違っているんだ彼らが正しいんだね

ひとつだけ確かなら

それはあの人たちにとって

ぼくの心臓の表面なんか

どうでもいいってこと


暗いほうが好きだというぼくを

人は

人の母は

みな

狂ってるという

でもぼくは

光が嫌いだなんて

ひとことも言っていない

どうして?

夜空をきれいだと言うくせに

花火を綺麗だと言うくせに

それはあの暗さがあってこその光ではないのか?

ぼくは瞼を閉じるのが好きだ

ほんのりとした月明りの寝室の中

虫の音

時計の針が時を刻む音

聞きながら瞼をとじ暗闇を見つめる

部屋の灯を消して

窓にもたれながら

裸足でベランダに座り込み

星を眺める

ほおづえつきながら


そんなにいけないことだろうか

心に傷をうけること

いけないことだろうか

そうやって輝いてゆくのではないのか

磨かれていくのではなかったのか

そうではなかったんですか?

傷つくのはいけないこと

でも傷つけることは

口ではどうこう言ったって

その実肯定してるんだよ

大人は

歌詞

今日は、大好きな宇多田ヒカルさんの曲の歌詞をご紹介したいとおもいます。

Passion~opening version~

思い出せば遥か遥か
未来はどこまでも輝いてた
きれいな青空の下で
僕らは少しだけ怯えていた

懐かしい色に窓が染まる

前を向いてればまた会えますか
未来はどこへでも続いてるんだ
大きな看板の下で
時代の移ろいを見ていたいな

人知れず
My heart's a battleground

二度と会えぬ人に場所に
窓を開ける

思い出せば遥か遥か
未来はどこまでも輝いてた
きれいな青空の下で
僕らはいつまでも眠っていた

by 宇多田

ちなみに、
passion
[名]①熱情,熱心②はげしい感情,激怒

Passion
[名]①(theをつけて)キリストの受難

これはキングダムハーツⅡというPS2のゲームのテーマソングバージョンであり、実際に発売されたシングルとは歌詞が変わっています。

ふつうの人が歌うと絶対音楽にならない、歌というよりむしろ音の調べのような曲。宇多田さんの声とマッチして、とても幻想的です。

最初は、キンハーからして看板ということばに違和感があったのですが、聞けば聞くほどこの、「大きな看板の下で」がこの曲のファンタジアの中核になっていたことにきづかされる。音符自体も複雑でどこか支離滅裂にも感じられるのにそれがそれこそが音楽性を確立させているのです。まるで、ドビュッシー、あるいはむしろラウ゛ェルのような美しさがあり、一番好きです。

キンハーのエンディングムービーにまたぴったりなんです!なのでわたしはこのオープニングバージョンのほうがより好きですね。

ぜひ一度聞いてみてくださいね。

思い出せば
遥か遥か
未来
少しだけ怯えていた
懐かしい色
染まる
青空

などなど、すべてのことばが乳白色の空に水彩絵の具をにじませているような、一つの円い世界を造り上げているようです。

ことばのチョイスが天才的ですね。

ちなみにわたしのイメージは、水色と藤色がにじんでひんやりした気持ちのいい水の中で浮遊しているようなイメージです。

まだ文章をまとめられていませんが、この曲からなぜか「水の車輪」という不思議なことばがおもいついて、いつか書こうと思ってひとつの物語をあたためています。

空の円盤

『空の円盤』

電線の一本も見えない

円い青空の中

わたしは帽子も被らずに

ただ鋭い草をこわごわ踏み締めて

何ももうない広すぎる草原の中を

歩いていました

焦げてほとんど読めなくなった

わたしの大事な人が書いていた

手紙

泣きたい

わたしの大事な人が

わたしに預けて行った手紙

もう ほとんどなくなっちゃったけど

わたしはこのきれはしを

彼女に届けるため

日に日に広がってゆくこの草原を

がんばって歩き続けています

「手紙のきれはし」

外の世界は

物語みたいに「ぼく」に手を差し延べてくれる人なんか

ほんとうは いないね

それってきっと

誰にとってもそうなんだね

すごく悲しいことだね


ぼくたちはみんなさ

一人で

顔ちゃんとあげて

おどおどなんかしないで

からだじゅうから染み出すように泣いて 泣いて

涙がぼろぼろ頬をつたう

それでもしっかり

歩いていかなきゃいけない

それは一人きりの旅なんだって

気付いた


ううん

知ってた


でも認めたくなかった


今でも認めない


認めてない


そう

思ったら


楽になれたよ

不思議だよね

やっと

しかたないな一人でも

歩いて行くか

そんな気になってる

それでも誰かと会うと

やっぱり胸が

かき乱されてしまうけど


でも

ぼくは おもってる

ぼくのことを

きみのこと

きみの大切な人のこと

きみがおもってくれるぼくのこと

たぶんさ

みんなふつうに幸せな気持ちで生きてけてる人ってさ

それをちゃんとすんなり認めてる

それを辛いと思わないでいられてる人なんだね

ぼくやきみが逃げるのも

現実を恨めしく思ったりしてしまうのも

それができないでいるからなんだって

ちゃんと認められるようになることが

ぼくらが

まだ終わらせられないでいる

夏休みの宿題なんだろうって

宿題を早くおわらせないかぎり

ぼくらがこんなにもまちわびた

夏休みは

きっと

帰っては これない


だけどひとつ

たしかなことは

きみはぼくを

ぼくは きみを

互いにのぞむようには

大切にしてあげられないでいるね

でもいつか

ぼくはつよくなるから


だから


プロフィール

三編めれ

Author:三編めれ
創作小説を書くのが生きがいの凡人です
リハビリ中

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